旧伊東家住宅

旧伊東家住宅(県重宝)

この建物は、藩政時代に代々藩医を務めた伊東家の居宅として、今から約200年前の19世紀初期に市内元長町に建てられたものを、昭和53年に弘前市が伊東凌二氏から譲り受けたものです。その後、移築・復元工事を行って昭和55年12月から一般に公開し、平成17年には県重宝に指定されています。石高100石前後の武士の居宅によく似た構造や特徴を残すこの建物は、東を正面とする玄関を式台構えとし、1間半の広間、座敷、板の間、次の間、常居をほぼ正方形にとり、各部屋に長押を廻しています。座敷の背後に納戸を設け、座敷の次の間の北側に半間の縁がつきます。また、広間と常居の上には、1室となった中2階が造られ、東面には2間の格子窓がつきます。なお、建物西側裏手は明治時代の改造により原型が定かではないため、寄贈後の解体前のままとしています。座敷は、簡素ながらも剛質な造作をした床と違い棚を組み合わせ、落ち着いた住宅空間を生み出しています。また、現代の建物では見られなくなった式台、板大戸、板雨戸、囲炉裏、格子窓、障子窓のほか、天井の張られていない部屋や土壁、通り土間などからも往時の様子が偲ばれます。

The Ito House

It was built about 200 years ago near Hirosaki castle as the residence of the Tsugaru Family doctor.Its features and structure are similar to a house of a middle class samurai.